山あり谷あり

フィルダー

古くからの野球ファンなら、セシル・フィルダーという名前を記憶している方も多いのではないでしょうか。1989年に1年だけ阪神タイガースに在籍した選手です。メジャーのトロント・ブルージェイズでくすぶっていたフィルダーですが、日本では肥満気味な体型と豪快なスイングでホームランを量産し、人気者になりました。この年、シーズン終盤までホームラン王を争っていましたが、ある試合で三振した際、頭にきて地面に叩きつけたバットが手に当たり骨折、その後の試合を欠場し、ホームラン王のタイトルを取り損ねてしまいました。阪神は人気と実力を評価し、契約の継続を希望しましたが、残念ながら契約がまとまらず、1年で日本を去ることになってしまいました。

 翌年メジャーリーグに復帰したフィルダーは、日本で覚醒、成長した姿を披露、なんと2年連続ホームラン王と打点王の2冠(打点王は3年連続)に輝いたのでした。その後はやや成績を落としたものの、通算ホームランは319本を記録、一流プレーヤーとして名を残したのでした。

 引退後のフィルダーは、当時すでにメジャーリーグで実力が評価されていた、息子のプリンス・フィルダーの代理人を務めていましたが、ギャンブルで多額の負債を抱えてしまい自己破産、家庭崩壊し、プリンスも愛想をつかしすっかり疎遠になってしまいました。しかし数年後に和解、2人で仲良くオールスターゲームを観戦していたそうです。

 プリンスは順調にキャリアを積むも、首を痛め2016年にわずか32歳でドクターストップで引退してしまいました。ホームラン王1度、打点王1度、通算ホームラン数は、なんと父のフィルダーと同じ319本でした。本人は、いずれは父と同じ日本でのプレーを望んでいたらしいので、怪我が無ければその勇姿を阪神で見ることができたかもしれません。きっと縦縞のユニフォームが似合ったことでしょう。

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